これから保育者を目指す学生さんや、保育というお仕事に興味のあるみなさんは、「保育」と聞いて何を想像しますか ?
ご家庭からお預かりしているお子さんと一緒に遊んだり、お世話をする場面が思い浮かびましたか?
その裏で実は、保育者は子ども一人ひとりに合わせて計画を立てたり援助をおこなったりして、子どもの人間形成を支援する専門的な仕事をしています。
今回は世界の保育についてご紹介します。「保育」は、日本だけでなく世界中どこでも行われていますが、国によって保育のやり方や保育事情は様々です。世界の保育を知ることで、新しいアイディアが浮かんだり、視野が広がって、保育実践が楽しくなるかもしれません。ぜひ子どもといる場面を想像しながら読んでみてください。
保育の主人公は子ども
保育の基本は子どもの権利を守ること
世界の保育を支える重要な柱として、『児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)』があります。国際人権条約の一つです。
この条約には大きく分けて以下の4つの内容が記されています。
・生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)
・子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)
・子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)
・差別の禁止(差別のないこと)
これは世界的に共有されている普遍的なルールで、保育の主人公である子どもの権利を守ることを具体的に示しています。
○子どもを守る保育のルール
子どもの権利を守る保育のルールの一例として、日本の『保育所保育指針』をみてみましょう。
そこでは、「子どもが現在を最も良く生き、望ましい未来をつくり出す力の基礎を培う」ことが保育の目的として掲げられています。
この目的を達成するために、保育者は創意工夫を凝らします。また、園の職員みんなが協力して安全な環境を作ったり、すべての子どもが園に通えるように制度を社会が整えたりすることも「保育」に含まれます。
世界の保育
それでは、世界でどんな保育が行われているのかをみていきましょう。
各国の制度によって、「保育」が「幼児教育」や「就学前教育」と定義されるなど根本的な違いがあることを、読んでいくとみなさんも気づくでしょう。
そういった違いや似ているところを探しながら、各国の保育をみていきましょう!
スウェーデン
スウェーデンでは1歳半ごろからどの子も「就学前学校」に通うことが一般的です。
様々な社会・文化的背景の子がおり、障害を持つ子も一緒に、年齢にとらわれず、みんなが一緒に生活するのが基本的な考えとなっています。
就学前学校の特徴としては、「保育」を生涯学習の基礎として教育制度に位置づけて、カリキュラムが作られていることです。
そこで最も重要視されているのが、民主主義と人間の価値の平等です。
違う言葉を喋っていても、障害があってもなくても、肌の色が違っても、みんな平等に同じ人として価値があるということを、スウェーデンの子どもは小さい頃から学んでいくのです。
また、日本の保育でも大切な理念として考えられている「遊びながら学ぶ」ことを、スウェーデンの就学前学校でも重要にしています。
学びがいっぱいの遊びの中で、お互いに人としての価値を認め合っていくのです。
また、子どもへの安全な保育の保障として、学校査察庁による監査が義務付けられています。
そして、就学前学校の実践の観察や保護者・職員などへのアンケートの結果は、市民の誰もが見られるようにホームページに公開されています。
『子どもも民主主義社会の一員として関わっていく』のがスウェーデンの就学前教育の特徴です。
ニュージーランド
ニュージーランドでは、幼保を一元化して作られたカリキュラムの「テ・ファリキ」という幼児教育が行われています。
このテ・ファリキの特徴は「社会的・文化的な学び」と「様々な人々と子どもが築く関係」が重要視されていることです。
「学び」といっても、子どもが就学前に読み書きや運動などができるようになることとは決められていません。それは、子ども自身が自分で考えて、そのプロセスを通して学んでいくということに重きをおいています。
そのような子どもの学びの姿を捉えるために、子どもの園生活でのことや、挑戦したこと、頑張ったことなどを記録する「ラーニング・ストーリー」というファイリング記録ノートが子ども一人ひとりに一冊配布されます。
『保育者が一人ひとりを見守り、良い面や興味を伸ばして、成長を記録することで、保護者と子どもの成長を共有していく』のがニュージーランドの保育であり、幼児教育です。
イギリス
イギリスには、EYFSと呼ばれる乳幼児期の学びの目標に基づくカリキュラムがあります。全ての保育機関は、この基準に従って教育・保育が行われます。
子どもの学びの目標は、日本保育の5領域と内容は異なるものの、7つの領域から分けられており、これに基づいて子どもの発達の評価が行われます。
イギリスでは、学校前に準備しておくことが重要だとされている点が大きく、到達すべきレベル目標が明確に掲げられています。
そのため、発達評価を保護者や職員同士、小学校の職員との話し合いなどに活用したり、保育政策の根拠として活用しています。
さらに、保育の評価をするために4年に1度は査察を実施する規則があり、その評価は公開されて誰でも見ることができるようになっています。
『評価による子どもの発達支援を行う』のがイギリスの就学前教育・保育です。
アメリカ
自由の国アメリカの幼児教育は、子どもの自己表現力や多様性を伸ばすことを重視しています。
日本の幼児教育では協調性を育てることを重視していますが、アメリカでは個性を尊重して伸ばすことが大事とされています。
幼児期も学校教育と同じく、子どもは日ごろから自分の意見を持ち、表現して、相手の意見も尊重するように教育を受けます。
また、民間組織が主導となって多様な選択を用意する自由競争の中で、保育の質の確保や向上に繋がることが目指され、保育は社会福祉というよりもサービスとして提供されています。なお、文化や法律が異なる各州に権限があり、国による統一的な管理はありません。
「保育はサービス」という考え方のため、保育料は全額自己負担の場合が多いようです。そのため、良い保育を受けたいと思うと日本円で月に25万ほどの保育料がかかる場合もあり、低所得層は良い保育が受けれず、仲間と助け合って乗り切るという現状があるなど、社会課題としても挙げられています。
『個人の自由と責任の論理が制度にも実践にも入り込んでいる』のがアメリカの保育・教育です。
ドイツ
ドイツでは、連邦制の下、国ではなく各州が保育の権限を持っています。
民間の福祉団体が運営する保育施設が多く、それぞれの園は多様な理念を持っています。
また、保育所・幼稚園・学童保育、そして0歳〜6歳までが通える混合保育など、日本のように様々な形態の園があります。
さらに、東西統一後の社会変化や近年の大量移民の受け入れなどにより、社会・文化的にも、経済的にも多様な背景の子どもが園に通っています。
最近では、国全体でも、保育における質の向上と参加に関する法律を施行したり、州や施設においては、保育の質向上のために統一的な評価システムの導入をしたり、各州における取り組みの共通化を図るなどしています。
育児休暇や子ども手当てなどが充実している点においては、働く保護者や若い世代にも魅力的なため、保育の質の向上とともに子育てのしやすさにも力を入れています。
『多様な人々が参加する複雑な歴史背景を持つ社会の課題を、保育から取り組もうとしている』のがドイツの保育です。
日本の保育
これまで世界の保育をみてきましたが、ここで日本の保育についてもあらためて見てみましょう。
世界の保育も多様ですたが、日本の保育も独自のルールや、取り組みがあり、世界的にみると珍しい保育を実践しています。
日本の保育の特徴
世界から日本に目を向けてみると、日本の保育にも、他の国にはない特徴があります。
それは、他の国や地域ではみられない日本固有の文化や子どもの概念、生活や風習などを取り入れた保育の特徴です。
健康・安全管理が徹底している
子どもの安心安全を守ることにかけては、日本の保育者は世界の中でもダントツの努力と専門性を持っています。
例えば、連絡帳には子どもの1日の生活の様子やケガをした際の内容、検温、食事、お昼寝の時間などが細かく記載されています。
子どもの様子を詳細に書くには、一人ひとりをよく観察していなければなりません。
クラスにたくさんの子どもがいる中で、一人の保育者が何人もの子どもの様子を一度に観察しているのです。
鋭い観察力を持ち、子どもの姿を熟知し、そして親が気がかりなことなどを理解した上で、子どもの様子や成長を記録している保育者は本当にプロフェッショナルです。
また、近年では、保育者がICTやIoTなどの技術を使うことで、さらなる保育の質の向上が注目されるようになってきました。
例えば、0歳児がお昼寝している時にきちんと呼吸しているか、うつ伏せになっていないかをチェックして記録し、異常時にはアラートを出してくれるシステムを活用したり、全保育室にカメラを設置して、保護者がいつでも園で過ごす子どもの様子が見れるようなシステムを導入する園が増えています。
保育者の専門性と技術は、子どもの健康・安全を保証する上でも大切な役割を担っています。
世界の保育からわかる日本との違い
保育といってもこんなに多様性があること、さらに日本の保育にも特徴的な実践があるということを知っていただけたでしょうか。
日本の保育は誇るべき点がたくさんありますが、一方で課題もあります。
例えば、子どもが保育園に入園するために様々な条件や制限があったり、地方自治体によって助成金や補助金の制度や適応条件が違ったりと、保護者が必要なときに自由に保育園を利用できるといった柔軟性や通わせたい保育園に誰もが入園できるというような選択性には欠ける部分があります。
また、保育者についても日本と世界では働き方が違います。
筆者自身は、海外と日本の幼稚園で働いた経験がありますが、日本の幼稚園は世界一と言ってもいいくらい仕事に細かく、厳しく、徹底していると感じます。
世界の保育を知ることでいい面を自分の仕事に取り入れたり、日本の保育の仕事の楽しさや良さを再確認できました。
これから保育者を目指すみなさんがこれを機に世界の保育に興味を持ち、今後広い視野で保育に携わるきっかけになれば嬉しいです。
参考:厚生労働省「諸外国における保育の質の捉え方・示し方に関する研究会」